「隔靴掻痒」

『隔靴掻痒  かっかそうよう  くつをへだててかゆきをかく』

靴の上から痒いところを掻く。
物事が思うようにならず、もどかしいこと。
また、物事の核心や急所に触れることができずに、はがゆくじれったいこと。


隔靴掻痒の感がある。
なんだか体がムズムズしてきます。(笑

出典は、「無門関」の序。
「無門関」については「羊頭狗肉」の記事で少し触れました。
その後図書館で借りてきて読んだのですが、難しかったです。
48の禅問答があって、最初のが、

趙州和尚、因僧問、狗子還有佛性也無。州云、無。
趙州和尚、因みに僧問う「狗子に還って仏性有りや無しや」。州云く「無」。
ある僧が趙州に「犬にも仏性があるでしょうか」と尋ねた。趙州禅師は「無」と答えた。

というものなのですが、
これ一つを解くのに3年はかかると言われているそうです^^;

序は、こんな言葉で結ばれています。

大道に入る門はなく
いたるところが道
無門の関を通り抜けて
あとは天下のひとり旅

『無門関』とは、こういう意味なんですね^^


類語はいくつかあるのですが、長くなるので割愛。(笑


격화소양 [隔靴搔癢]
신을 신고 발바닥을 긁는다는 뜻에서, 필요한 것을 제대로 해결하지 못해 성에 차지 않음을 이르는 말.
이번에 나온 부동산 정책은 격화소양일 뿐이다.



対語

『麻姑掻痒 まこそうよう まこかゆきをかく』 『麻姑を倩うて痒きを掻く まこをやとうてかゆきをかく』
物事が思いのままになること。
また、思いどおりに事が運ぶことのたとえ。

「麻姑」は、中国の古代道教の仙女の一人。
後漢のころ姑余山で仙道を修め、鳥のように爪が長く、
その爪で背中を掻いてもらったらとても気持ちが良さそうなんだそうです。
また長寿の象徴でもあり、西王母の誕生祝いに麻姑が美酒を贈る「麻姑献寿」は
絵画の題材として人気があり、若い美女の姿で描かれます。

마고소양 [麻姑搔痒]
전설에 나오는 신선 할미인 마고할미가 긴 손톱으로 가려운 데를 긁는다는 뜻으로, 일이 뜻대로 잘됨을 이르는 말.


ここで驚きの事実が判明~。
「孫の手」の語源はこの仙女の麻姑さんなのだそうです!
私今まで、おじいちゃんおばあちゃんの背中を掻いてあげている孫の可愛い手
というイメージを抱いていたのに当て字だったのね~^^;




追記^^
『隔靴掻痒』の別の出典を見つけました。 


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Comment

ええーっ! 孫の手、って麻姑だったの?

ええーっ! これは誰かに教えてあげたいな(^^)。むふふふ。

そして「無門関」の序の結びのことば、奥が深いですよねぇ。しばらく考え込んでしまいました(^^;)。
ハーちゃんさま^^
良かった~、知らないの私だけだったらどうしよう…なんて思っていました。(笑
ぜひハーちゃんさんのパワーで広めてください^^
これから孫の手を使う時には麻姑さんを思い浮かべて…
と思ったら、我が家には孫の手ありませんでしたぁ^^;

無門関は、もう一度借りてきて読んでみようと思います^^
  • 2014/03/22
  • るるる
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