閨恨 규한 / 李玉峰 이옥봉

  • Date:2013.10.05
  • Category:
閨恨  규한

平生離恨成身病  평생 이별의 한이 병이 되어
酒不能療薬不治  술로도 뭇 고치고 약으로도 다스리지 못하네
衾裏泣如氷下水  이불 속 눈물이야 얼음장 밑을 흐르는 물과 같아
日夜長流人不知  밤낮을 내가 되어 흘러도 그 뉘가 알아주나

二度と会えない辛さから病を得ました
お酒でも治らず 薬でも癒えることはないのです
夜具の中で流す涙は氷の下を流れてゆく水のようです
昼夜となく流れて川になっても 誰がこの思いを察してくれるでしょうか


玉峰ちゃん、この世に男性は一人だけじゃないのよ~
なんていう言葉では癒してあげられない恋もあるんですね。
でも、無駄と分かっていても何か声をかけてあげたくなってしまいます。
こんなに辛い目にあっても生涯忘れられないほどの人に出会えるというのは、ある意味幸せなのでしょうか…。


玉峰が亡くなった後のお話も載っていたので紹介します。

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16代仁祖の時代、조희일 チョ・ヒイルという家臣が明へ遣わされた。
明の元老大臣が「趙瑗という男を知っているか」と尋ねるので、
「私の父です」と答えると、元老大臣は書架から一冊の書物を取り出してきた。
「李玉峰 詩集」
父の妾だった女性の名前。
生死も分からないまま既に40年も経っている。
そんな人の詩がどうしてこんなに遠い明の地にあるのか。
訳も分からずただ驚いていると、元老大臣がいきさつを話し始めた。

40年ほど前、明国東海岸の入江に不思議な死体が漂っているという噂が立った。
あまりにも気味が悪く、誰も手を出そうとしないので人に命じて引き上げさせると、
全身を紙で幾重にも巻かれ、ひもで縛られた女性の死体だった。
ひもを解いてみると、外側の紙は白紙だったが、内側の紙はびっしりと詩で埋め尽くされている。
そして、「海東 朝鮮国の承旨 趙瑗の妾 李玉峰」と書かれていた。
詩を読んでみると、どれもみな大変素晴らしいものだったので、
自ら取りまとめて本にしたのだ、と。
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趙瑗の息子としては、それまで父の妾のことが頭に浮かぶことなんてなかったんでしょうね。
悪い印象しか持っていなかったかもしれません。
そんな人が突然目の前に現れて、そして彼女の詩が明国の大臣に大いに評価されている。
家に戻ってからその話を家族にしたでしょうけど、40年後なら趙瑗も他界していたかもしれませんね。
もし老いた趙瑗が知らせを聞いたなら何を思ったでしょうか・・・。

衝撃的なお話に、辞書を片手に少しずつ読みながらずっとどきどきしていました。
どうしてお墓に埋葬してもらえなかったんでしょう?
近隣の交流のあった人たちが埋葬してあげてもいいものを。
と思いましたが、
亡くなったのが壬辰倭乱のさなかということなら
お墓を作るどころではなかったのかもしれないですよね。
動乱によって玉峰の存在も詩もかき消されてしまう可能性もあった中で、
自身の分身とも言える詩と一緒に漢江に流されて、明の人々に見つけてもらって、
そしてその詩と一緒に玉峰の名前が現代まで伝わっていることは
良かったと思うべきなのかもしれません。

玉峰の詩は、そのまた後の1704年に趙瑗の玄孫の正萬によって32編がまとめらて
現在まで伝わっているということです。


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