清渓川に思う。

清渓川。
来てみたかったんです^^

漢陽を都と定める際に重要だった風水地理。
背山臨水という言葉もありますね。
背後に山があり、目の前に水が流れる場所を吉とする考え方です。
清渓川が内明堂水、漢江が外明堂水となり、
この二つの川のお陰で気が滞らずに流れると考えられていました。





こうして見ていると爽やかに見えるのですが…
地面がじりじり焼けていて足元からも熱が襲ってきます。

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朝から頑張って歩いていましたがお昼頃にはかなり辛くなり、
橋の下に避難しました^^;

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日陰では気持ちの良い風が吹きます♪
市場で作ってもらった果物ジュースを持って降りてきたらベンチが空いていたので
しばらく座っていました。
暑さをものともせずウォーキングをする人も結構いました。

地元のみなさんに、清渓川に行ってくるとか行ってきたとか話をすると、
お散歩には持って来いでしょう~
水も綺麗で魚だって泳いでいるんだよ~
と嬉しそうに笑うんですよね。
憩いの場として愛されているのを感じて私も嬉しくなりました。

今の清渓川の姿になったのが2005年。
それまで暗渠になっていた川を復元するためのプロジェクトを立ち上げ、
およそ2年の月日をかけて完成しました。
完成した当時はどうやら水質があまり良くなく、
魚が住めるような状態ではなかったようなんですね。
だから、魚が泳ぐほど綺麗になった川を見るのが嬉しいんだと思います。
ほんとに綺麗でした^^

日本でも都市計画上たくさんの川が暗渠になっていますが、
川の気持ちを思うと可哀そうです^^;

今の清渓川の流れはなんと、
漢江の水をポンプで汲み上げて、西から東へと流しています。
ほんとうの意味ではまだ自然の川ではないのです。
でも現在、清渓川2050マスタープランというプロジェクトが進行中で、
それによると、2030年までに本来の川の流れに戻すということなんですね~。
楽しみです♪

もともとは、仁王山から発して景福宮の西を流れてくる白雲洞川と
北岳山から発して景福宮の東を流れてくる三清洞川(旧中学川)が
現在の清渓広場のあたりで合流して清渓川になっていました。
白雲洞川も三清洞川も上流の渓谷部分を除いてまだ暗渠になったままです。
プロジェクトの一環なんでしょうね、それぞれ一部復元はされているのですが、
まだ水は流れていないようです。
二つの川の水、一体どこに行ってるんでしょう?

以前の流れが戻ればポンプで水を汲み上げる必要はなくなるので、
きっとソウル市としても巨額の経費が浮いて楽になるんでしょうね~。
そしてもう一つ、もっと古い時代の話ですが、
川を暗渠にして道路を作る際に、川辺に住んでいた人々は強制退去させられ、
誰も住まない山の急傾斜地に移るしかありませんでした。
少しずつ救済の手が入ってきているようです。
そういう背景の部分が全て解決したら、もっともっと清渓川は輝くのではないかな、
と思いながら景色を眺めていました。

次回は川に沿ってお散歩して歴史のある橋を見たり、二つの川の復元された石組みを見たり、
そしてできれば源流の渓谷にも行ってみたいです^^


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Comment

「仁王山」が源流の1つだったんですか? 登り口まで行ったので懐かしいです。そこにユンドンジュの詩碑もあったんですよー!

昔読んだ「川辺の風景」が植民地時代のチョンゲチョンがわかる面白い小説でしたがお読みになったことありますか? 朴泰遠さんの書いた本なんですが。

るるるさんのソウル散策、本当に楽しんでいらっしゃるのがわかるわぁ。

良いなぁ...(^^)。
  • 2016/06/29
  • ハーちゃん
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ハーちゃんさま^^

仁王山に水聲渓谷というのがあるのですが、同時に彰義門の辺りという記述もあります^^;
1870年頃の書物には源出仁王山白雲洞と書いてあるそうです。
ハーちゃんさんのお話聞いて、私も仁王山や城郭に行きたかったんですけど、今回は残念でした。
川辺の風景は大まかな内容は知っているものの、まだ読んだことがないんです。
次回ソウルに行ったら買って来たいです~。
暑さに負けまいと、意地で楽しんでいた感じもします(笑
  • 2016/06/29
  • るるる
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