아는 체하다 と 알은체하다。

아는 체하다 と 알은체하다、似ているんですよね^^;


〔아는 체하다/아는 척하다〕
알지 못하면서도 알고 있는 듯한 태도를 취하다  知らないのに知っているような態度を取る

체하다は補助用言なので、ルールに従って分かち書きをします。

모르는 체하다  知らないふりをする 
자는 체하다  寝たふりをする
먹은 체하다  食べたふりをする
못 본 체하다  見なかったふりをする
などの表現もありますね。



〔알은체하다/알은척하다〕
평소에 알고 지내는 사람이 가벼운 인사를 하다  普段から付き合いのある人が軽い挨拶をする

알다の語幹「알」に冠形形語尾「은」が結合した語で、分かち書きをせず一単語です。

그가 나를 보더니 알은체했다.  彼は私を見ると声をかけてきた(笑いかけてきた・手を振った、など)。 
그는 나에게 알은척도 하지 않았다.  彼は私に軽い挨拶すらしなかった。 (도が入ってますね~



文を比べてみます。

1.그 사람이 아는 체하며 말을 걸어 왔다.  
  その人は知人のような態度で話しかけてきた。
  知らない人、見覚えのない人が声をかけてきたのですね。

2.그 사람이 알은체하며 말을 걸어 왔다.  
  その人は軽く挨拶をしながら話しかけてきた。
  友人や知人がいつものように自分の名前を呼んだり笑いながら声をかけてくるイメージ。

3.친구가 아는 체하며 말을 걸어 왔다.  
  この文はおかしいということになりますね^^;


でも3番のような文もネイティブの間で頻繁に使われているようなんですよね~。
言葉はどんどん変化していくものなので、そのうち正しいとされる日が来るかもしれません^^




おまけ。
알은체하다には「人がある事柄に対して関係があったり関心があるような態度を見せる」
(아는 체하다のような「ふり」ではなく)という意味もあります。

우리 집의 자세한 실정을 알은체하는 표정이었다. 
我が家の詳しい実情に関わりがあるような表情だった。


5月第4週 聞き取り部分。

入門編「シンプルに学ぼう!まる覚えハングル」より^^


第36課
팔이 안으로 굽는다(身近な人に味方する) について

C:팔이 밖으로 굽지 않고 안으로 굽듯이 자신과 친한 사람의 편이 되는 것이 자연스러운 것 같아요.


第37課
손이 맵다(手の叩く力が強い) について

U:선영さん、どういう時に使うんでしょうかね?
S:네, 친구에게 아는 체를 하려고 어깨를 툭 치거나 하거든요. 그럴 때 특히 아픈 사람이 있습니다.
  이런 경우 손이 맵다고 하죠.
U:충균さんは、身近な人で手が辛い人、いますか?
C:저하고 제일 친한 사람이 손이 굉장히 맵습니다.
U:あ、一番親しい人という…誰でしょうか?
C:집에 있는 사람입니다.
U:あ~、奥さんのことですね。
C:네.


第38課
손이 크다(料理の量をたくさん作る人) について

U:선영さんの周りにはこういう人いますか?
S:제 친구 어머님 중에 손이 굉장히 크신 분이 계세요.
  요리를 굉장히 많이 하셔서는 친구들에 갖다 주라고 딸에게만 나눠 주고 하십니다.
C:쇼핑할 때 한번에 많이 사는 사람에게도 써요.


第39課
목에 힘을 주다(偉ぶる) について

U:首に力を入れるとどうして「偉ぶる」になるんでしょうかね?
S:상대방에게 고개를 숙이지 않으려다 보니 목에 힘이 들어가죠.
U:충균さんも、목에 힘을 주다という感じですか?
C:저는 인사를 너무 많이 해서 목이 아픕니다.


第40課
목이 빠지게(待ちわびる様子) について

U:これはどういう状態でしょうかね。
S:먼 곳을 바라보면서 기다리는 사람이 오는지 안 오는지 기다리는 모습을 나타낸 것 같애요.
C:또 군대 간 남자친구를 목이 빠지게 기다린다고 쓰는 것 같아요.


紅花栄 べにばなさかう。

第二十三候、小満の次候です。紅花が盛んに咲く頃。5月26日~31日です。


好きな花です。先日お花屋さんで見かけました。
1本の茎から枝分かれしていて次々と咲きますが、一つ一つの花は一日花です。
切り花にしても蕾がちゃんと開いてくれますね^^
エジプト原産と言われていますが、日本には4~5世紀には渡ってきていて
すっかり日本の文化に溶け込んでしまっている植物ですね~。
別名「すえつむはな」「くれのあい」「べにのはな」。
「紅(くれない)」という言葉も、もともとは「呉の藍」から来ているということなので、
紅花は呉で盛んに栽培されていて、そこから日本に伝わってきたんでしょうね。



勝手に「紅花三部作」と呼んでいるものがあります^^

まずは「おもひでぽろぽろ」。大好きな映画の一つです。
山形の親戚の家に紅花摘みを手伝いに行く、田舎に憧れる都会っ子のタエコ。
早朝の人気のない駅に迎えに来てくれていたのがトシオでした。
幼い頃の複雑な思いと向き合いながらも楽しく過ごして、
いよいよ東京に帰るという日の前夜、おばあちゃんが突然「トシオの嫁になってくれないか」と…。
タエコは冷水を浴びせられたように、観光気分で農作業を楽しむだけで真剣に農業のことを
考えたことのなかった自分に気づいて、動揺して家を飛び出してしまいます。

ストーリーもそうですが、今井美樹さんやギバちゃん、ベット・ミドラーのThe Roseが好きなんですよね~。
都はるみさんが歌った日本語のカバー「愛は花、君はその種子」もほんとに素敵でした♪



そして大御所はやはり、源氏物語の第6帖「末摘花」でしょう^^

常陸宮であった父を早くに失い、困窮した娘は年老いた女御とともに荒れ果てた屋敷で暮らしていました。
「落魄した悲劇の姫君」に興味をそそられた源氏は、親友の頭中将とどちらが先に姫を落とすか
競争したんですね。
そして源氏は逢瀬を果たすのですが、夜明けに彼女の顔と姿を見て愕然とします。
その時の描写、酷すぎます。(泣
私としては、源氏のショックが大きかったから大げさな描写になったのだと思いたい~。
「末摘花」というあだ名は、姫の鼻の頭が赤かったことから源氏が付けました。
髪はとっても綺麗だったんですよ^^

なつかしき色ともなしになににこのすゑつむ花を袖にふれけむ

大して親しみのある色でもないのに、なぜこの末摘花に袖を触れてしまったのだろうか。
どうしてまたこの赤い鼻の姫と契りを交わしてしまったのか…。

お正月に、末摘花が源氏の正月の衣装を送ってきた時に詠んだ歌です。
正月の衣装は北の方、つまり正妻が用意するものなんですね。
それなのにこの人はまあ北の方気取りで…と呆れてしまったわけです。
どうしてまた…といっても、そもそも光の君ご自身が妄想に任せてなさったことではありませんか^^;

最後には、姫の純真な心が幸せを呼び寄せます。
源氏が姫のことなんてすっかり忘れている間も一途に待ち続けていたのですね。
正月の衣装を送ってきたことも、別に北の方気取りだったのではなく、
それほど嬉しく、それほど源氏を想っていたからでしょう。
姫の想いに源氏も感動して彼女を引き取り、晩年は穏やかに暮らしました。



この歌が出てくれば、次はもちろん大和和紀さんの「はいからさんが通る」なんです。(笑
おばあさまの切なる夢を叶えるために、紅緒さんとの結婚を承諾する伊集院少尉。
花屋さんの店先で紅花が目に留まって、「こんなのが似合いそうだったっけ、あの子」と
紅緒さんとの強烈な出会いを思い出しながら、紅花にこの歌を添えて贈ったのでした。

からかわれていると思った紅緒さんは怒り狂って蘭丸と駆け落ちしてしまいました^^;
少尉にしてみたら、皮肉でもなんでもなかったんですけどね~。
この歌の元の意味を考えると、紅緒さんの怒りも無理はないかと思います。
突然許嫁が現れたショックと、その彼に剣の手合わせで一本取られた悔しさもあったし。(笑




姫の代わりに坊主です^^




今日も全国的に暑かったですね^^;
3週間前の同じ気温の日と比べてみた時に今日の方が断然暑く感じられるのは
太陽の高さもそうですが、日に日に地面に熱が籠ってきているというのも大きいですよね。


살다 生きる / 谷川俊太郎

  • Date:2015.05.25
  • Category:
살다


산다는 것

지금 산다는 것

그것은 목이 마른다는 것

나뭇잎 사이로 새어드는 햇빛이 눈부시다는 것

문득 어떤 멜로디가 떠오르는 것

재채기를 하는 것

그대와 손을 맞잡는 것


산다는 것

지금 산다는 것

그것은 짧은 치마

그것은 플라네타륨

그것은 요한 슈트라우스

그것은 피카소

그것은 알프스

모든 아름다운 것들을 만난다는 것

그리고

감추어진 악을 조심스럽게 거부하는 것


산다는 것

지금 산다는 것

울 수 있다는 것

웃을 수 있다는 것

화낼 수 있다는 것

자유라는 것


산다는 것

지금 산다는 것


지금 멀리서 개가 짓는다는 것

지금 지구가 돈다는 것

지금 어디선가 갓난아기의 첫 울음소리가 들린다는 것

지금 어디선가 병사가 다친다는 것

지금 그네가 흔들리고 있다는 것

지금 지금이 지나가고 있는 것


산다는 것

지금 산다는 것

새는 날개를 친다는 것

바다는 울린다는 것

달팽이는 기어간다는 것


사람은 사랑한다는 것


그대 손의 따스함

목숨이라는 것




今朝の「朝の手紙」が谷川俊太郎さんの詩の一節だったので、
韓国語で全部読んでみたいな~と思って探してきました。
久しぶりに詩集も本棚から出してきました。

「木漏れ日」や「産声」がこんな表現になるんですね^^

初めて谷川さんの詩に出会った時、何日も何日もその詩で頭が一杯だったのを覚えています。
よく、心に響いた詩をノートに書き写したり朗読したりしていました。
今でも詩のみならず、マザーグースやピーナッツの翻訳などでもずっとお世話になっています♪


5月第3週 聞き取り部分。

入門編「シンプルに学ぼう!まる覚えハングル」より^^


第31課
입이 짧다(食べ物の好き嫌いが激しい) について

C:'입이 짧다'는 조금만 먹는 사람에게도 써요.
S:저도 어릴 적에는 편식도 하고 입이 짧다고 참 많이 혼이 났었는데요.
  나이가 들다 보니 점점 많이 먹게 됐습니다.


第32課
입에 거미줄 치다(貧しくて飢える) について

U:どうして口に蜘蛛の巣が張ると貧しくて飢えるという表現になるんでしょうかね?
S:네, 너무 가난하면 먹을 것이 없고 그래서 입에 들어갈 음식이 없게 되죠.
  그러다 보면 입을 움직일 일도 없게 되고 그래서 '거미줄 친다'라는 말이 나온 것입니다.
C:요즘에는 말을 잘 안 하는 사람에게도 쓰는 것 같아요.


第33課
입이 심심하다(何か食べたい) について

S:'입이 심심하다'라는 표현은 주로 간식을 찾을 때 주로 쓰는 말인 것 같애요.
C:제 친구들 보면 입이 심심할 때 담베를 피우는 사람도 있어요.


第34課
필름 끊기다(泥酔して記憶がなくなる) について

U:どうしてフィルムが切れるという表現を使うんでしょうか?
S:아마도 사람의 기억을 영화 필름에 비유한 것 같습니다.
U:이충균さんもお酒が好きだけど、こういう経験ありますか?
C:요즘에 가끔 필름이 끊겨요.


第35課
코가 비뚤어지게(酔いつぶれた状態) について

U:これはどうして「鼻が曲がるほど」なんでしょうかね?
C:술을 많이 마시면 비뚤비뚤하니까 코가 비뚤어지게 보이는 것 같아요.
U:선영さんは鼻が曲がるほど飲んだことがあるのでしょうかね?
S:저는 되도록이면 코가 비뚤어지게 마시지는 않으려고 노력하고 있습니다.


蚕起食桑 かいこおきてくわをはむ。

第二十二候、小満の初候です。 蚕が盛んに桑を食べ始める頃。


立夏からもう半月が過ぎました。
奄美・沖縄が梅雨入りして、だんだんと北の空気も湿り気を帯びてきそうです。
日の出も早くなって、ただ今4時30分。4時に起きてもすでに空が明るいですね~。
夏至までに、あと9分早くなります。


中国宣明暦の第十八候が「戴勝降于桑 郭公が桑の木に止って蚕を生む」だったので
その時にお蚕さんの話を書いてしまいました。(笑
蚕の語源は「飼い蚕(かいこ)」、桑の語源は「食葉(くうは)」「蚕葉(こは)」から来ているそうです。


二十四節気では小満ですね。
暦便覧に「万物盈満すれば草木枝葉繁る」とあります。
盈満(えいまん)、打ってみましたが変換されませんでした^^;
「盈」もまた満ちるの意味。「乃」は伸びた弓。「又」は手。
伸び緩んだ弓を手で一杯に引き絞るように、皿に物を盛り上げる、という意味。
もうすぐ麦が実ります。




あちこちでテントウムシに出会うようになりました。
ナデシコにやってきましたが…ゴメン、ここにはお目当てのものはなかったね^^;

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봄비 아니면 여름비 春雨それとも夏の雨? / AQUIBIRD 아키버드

  • Date:2015.05.18
  • Category:歌詞
2015年度テレビでハングル講座のオープニング曲です。
歌は、AQUIBIRD 아키버드 さん^^

曲が流れ始めて「わぁ、軽やかで素敵!」なんて思ったもののあっという間に終わってしまって^^;
画面のポジャギもするする~っと魔法のように10秒で出来上がってしまいました。(笑
短いオープニングですがとっても気に入っています♪





삐쭉빼쭉삐쭉빼빼쭉 삐쭉빼쭉삐쭉빼쭉
삐쭉빼쭉삐쭉빼빼쭉

창문 두드리는 빗소리는    窓を叩く雨音は
봄비 아니면 여름비?    春の雨 それとも夏の雨?

길 막힐까 봐 서두르는 아침   渋滞するんじゃないかと慌てる朝
우산 가지고 갈까 말까 고민이 되는   傘を持って行こうかやめようか悩んでしまう

오늘 낮에는 덥다고 하던데   今日は暑くなると言ってたけど
반팔 입을까 긴팔 입을까?    半袖着ようかな 長袖着ようかな?

항상 내 우산은 삐쭉빼쭉하고   いつも私の傘はツンツンして邪魔
그마저도 안 가지고 나왔어    だから持たずに出かけたの

삐쭉빼쭉삐쭉빼빼쭉 삐쭉빼쭉삐쭉빼쭉
삐쭉빼쭉삐쭉빼빼쭉 삐쭉빼쭉삐쭉빼쭉
삐쭉빼쭉삐쭉빼빼쭉 삐쭉빼쭉삐쭉빼쭉
삐쭉빼쭉삐쭉빼빼쭉

오늘만 더 버티면 토요일   今日一日頑張れば土曜日
전화 걸까 더 기다릴까    電話をしようかな もう少し待とうかな

맨날 전화하면 통화 중이라구    毎日電話するけど話し中なんだもの
이따 전화한다고 하길래 밤새도록 기다려   後で電話するって言うから待ってたけど結局徹夜  

깜빡 잊고 전화기도 놓고 와   うっかりしてケータイも置いて来ちゃった
이럴 땐 꼭 전화가 오더라구   こんな時に限ってかかってくるのよね

웃고는 있지만 조금씩 슬퍼져   笑ってはいるけど だんだん悲しくなってくる
슬픈데도 웃음이 나오네   悲しいのに 笑ってしまうのね




삐쭉빼쭉삐쭉빼빼쭉 は、傘の先がツンと尖っているのと
남친となかなか連絡が取れなくてもどかしい気持ちを掛けているんでしょうかね^^


竹笋生 たけのこしょうず。

第二十一候、立夏の末候です。 筍が生えてくる頃。


関東以南ではもっと早くタケノコのシーズンが始まりますよね。
中国宣明暦では「王瓜生 王瓜(からすうり)の実が生り始める」なのですが、
日本よりずいぶん早いんですね~^^;

筍・笋・箰は、みんな同字ということです。
音符の旬は均に通じ、ひとしいの意味。幾何学的な美しい形をもつ、たけのこの意味を表す。

「筍医者」 やぶ医者にも至らない、技術が未熟で拙劣な若い医者。
「筍生活」 たけのこの皮を1枚ずつはぐように、身の回りの衣類・家財などを少しずつ売って
      食いつないでいく生活。
「竹の子の親勝り」 子が親よりすぐれていることのたとえ。

あ、良かった。良い意味の慣用句もありますね。(笑



今日は「旅の日」なんだそうです。
旧暦の3月27日に(今年は1日ずれていて昨日です)松尾芭蕉が奥の細道へと旅立ちました。

ところで、去年四字熟語を勉強していて何度も登場した「荘子」。
大まかな内容は知っているものの、きちんと読んだことがありません^^;

ちょうど今、NHKの「100分de名著」で荘子を取り上げていて、
先日荘子の話をした時に父が持って来てくれた「中国思想Ⅶ 荘子」も手元にあります。 
芭蕉も荘子の哲学に大きく影響を受けたと言われているので、俳句の理解のためにも
荘子は読まなくてはと思っていたのでした。
芭蕉さんにも早く読みなさいと言われているような気がするので、
このタイミングで読み始めようかと思います。




バイカウツギが活けてありました^^

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