「はす向かい」という感覚。

以前、坂堂千津子先生のラジオ講座「思いを伝える会話術」の中で、
「韓国語では道案内をする際の『ななめ』に当たる単語がない」という話がありました。
なので道を尋ねた時に、交差点の
「맞은편 向かい側」
「반대편 反対側」
にあると案内されたら、それは「斜め向かい」の可能性もある、
ということなのです。

「대각선에 우체국이 있어요 対角線に郵便局があります」
という言い方もあるにはあります。
または、軍隊用語から来ていると思われますが
「10시 방향에 있어요 10時の方向にあります」
と言う人(主に男性)もいます。
どちらも、昔からある言葉ではありませんよね。

そういえば、座席を言う時の「斜め後ろ」も「뒤쪽 後ろ側」です。


斜め、斜め向かい、はす向かい…
こういう言葉が無いのは不便ではなかったか、と思いましたが、
昔なら現在のように建物だらけということもなく、
「向い」「反対側」と言われてさっと見渡せば、目的のものはすぐに視界に入ったことでしょう。
でも、中国でも日本でも、この言葉は発生しているんですよね。
中国語では、「斜对面 xiéduìmiàn」です。
朝鮮半島では、なぜ「はす向かい」という感覚が生まれなかったのか不思議に思っていました。


ふと思ったのですが、もしかしたらこれは、
国都造営の方法の違いから来ているのではないでしょうか。

中国の首都は条坊制で、碁盤の目のように道路を整備しました。
日本の平城京や平安京もそれに倣って都を造営しましたよね。
藤原京や太宰府も碁盤の目になっていました。

朝鮮半島ではどうだったかというと、条坊制ではないのです。

朝鮮でも中国と同様に、首都を定めるのには風水を重んじました。
そして、「左祖右社」の考え方も中国に倣いました。
王宮で南を向いて立った時、
左(東)に宗廟、右(西)に社稷壇を置くというものです。

一方で道路の整備は中国に倣うのではなく、独自の道を行きました。
地図を見ると、道は碁盤状ではなく、真っすぐでもありませんね。
太い線で描かれている主要道路には十字路がありません。

地図は「図説 ソウルの歴史」より。
2番目の地図は、Wikipediaで拡大して見ることができます。

170531 (2)

170531 (1)

これは、自然の地形を壊さず「地脈」をできるだけ生かそうとした結果です。
また、ソウル城郭内では今でも坂道が多いですが、
そういう起伏のある土地で無理やり道路を碁盤状に通したとしても、おかしなことになってしまいます。

地図上の細かな道は時代が下るにつれて増えていったもので、十字路もあるにはありますが、
新しく言葉を生むほどのエネルギーが生まれたり、
中国語の単語を取り入れたくなるような雰囲気は感じられません。

また、朝鮮半島全体が山がちな土地で広い平野はなく、川も大きく蛇行しています。
ぱっと都城計画が思い浮かびましたが、それ以前に、
広大な平地の広がる中国とは、「道」の基本的なイメージそのものが違っていたかもしれませんね。

170531 (4) 

170531 (3)


因みに、「奈良」という地名の語源として、
「草木を踏みならした」「ならした土地」から来ているという説があります。
当時の漢陽でも土地を平らにする案が検討されたでしょうか。
タイムスリップして見に行きたいです。
私は漢陽の道路の有機的な線がとっても好きです^^


朝鮮半島で条坊制が全くなかったかというと、断言はできません。
新羅王京では、建築物が左右対称に配置されていて、
そこから道も碁盤の目のようになっていたのではないかと推測されています。
もしそうだったとしたら、
新羅時代には「はす向かい」という言葉があったかもしれません。

当時の都城図が残っていたらいいのですが、どうやら失われたようです。
古い時代の朝鮮半島の史料は、多くが戦乱で焼けてしまい残っていません。
それでも、今後どこかからひょっこり現れはしないかと、淡い期待を抱いてしまいます。


映画『あなた、その川を渡らないで』

님아, 그 강을 건너지 마오
あなた、その川を渡らないでください

タイトルからすでに、暗い予感が胸をよぎります。

そして、目の前に現れる一面の雪景色の片隅に
小さく座り込んで泣いているおばあちゃん。
身がちぎれそうなほど悲しいのに、その声はか細くて…。
おばあちゃんの前には、まだ雪をかぶっていない、真新しいお墓と白い花。
冒頭の一場面を見ただけで涙があふれてしまいました。



우리는 76년째 연인입니다.

私たちは76年連れ添ってきました。


조그만 강이 흐르는 강원도 횡성의 아담한 마을

細い川の流れる江原道黄城のこぢんまりした村


89세 소녀감성 강계열 할머니, 98세 로맨티스트 조병만 할아버지
이들은 어딜 가든 고운 빛깔의 커플 한복을 입고 두 손을 꼭 잡고 걷는 노부부이다.

少女の感性を持った89歳のカン・ゲヨルおばあさん、98歳のロマンティスト、チョ・ビョンマンおじいさん
どこへ行くにも綺麗な色のおそろいの韓服を着て、ぎゅっと手をつないで歩く老夫婦。


봄에는 꽃을 꺾어 서로의 머리에 꽂아주고, 여름엔 개울가에서 물장구를 치고,
가을엔 낙엽을 던지며 장난을 치고, 겨울에는 눈싸움을 하는 매일이 신혼 같은 백발의 노부부.

春には花を手折り互いの髪に挿してやり、夏には小川のほとりで水遊びをし、
秋には落ち葉を投げてふざけ、冬には雪合戦をする毎日が、まるで新婚のような白髪の老夫婦。


장성한 자녀들은 모두 도시로 떠나고 서로를 의지하며 살던 어느 날,
할아버지가 귀여워하던 강아지 ‘꼬마’가 갑자기 세상을 떠난다.
꼬마를 묻고 함께 집으로 돌아온 이후부터 할아버지의 기력은 점점 약해져 가는데…

成人した子供たちはみな故郷を離れ、二人だけで支え合いながら暮らしていたある日、
おじいさんが可愛がっていた子犬の「コマ」が突然あの世に行ってしまう。
コマを埋葬してやって一緒に家に戻って来たが、おじいさんの気力は少しずつ衰えていき…


비가 내리는 마당, 점점 더 잦아지는 할아버지의 기침소리를 듣던 할머니는
친구를 잃고 홀로 남은 강아지를 바라보며 머지 않아 다가올 또 다른 이별을 준비한다.

雨の降りかかる庭、おじいさんの咳が次第にひどくなっていくのを聞いていたおばあさんは、
友を失い独り残された子犬を見つめながら
まもなくやって来るであろうもう一つの別れの準備をする。
(Daum 영화 より 



江原道のまばゆい自然の中、
おじいちゃんおばあちゃんのお茶目で仲睦まじい様子に心が温かくなります。
お二人の出会いや一緒に歩いてきた長い道のりが語られるのを聞きながら
私も一緒に喜んだり悲しんだりしていました。


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このお二人に出会えてよかったです。


映画を初めて見たのは今年の2月。
お二人に寄り添いたくて何日も続けて見ていました。
ここで紹介したい思いはありつつも、
お二人の人生があまりにも美しくて深くて、
それを伝える言葉が出てこなくて記事にできませんでした。
葛藤もあり…。
今もまだこの映画を語る言葉が見つからず、Daumから文をお借りした次第です。
日本でも公開されていたんですね。

日本語のサイトはこちら。
2016年7月公開で、すでに終了してしまった映画館が多いですが、
まだ上映中のところもあります。
そして、12月21日にはDVDが発売されるそうです。


ウサギ伝。

朝鮮の昔話「ウサギ伝」です。
物語を読み始めてしばらくして、あれっと思いました。
「竜宮」と「肝(きも)」。
もしかして、このお話は日本の昔話の「くらげのお使い」と同じなのでは?


ウサギ伝のあらすじはこうです。
竜宮の王様が病気になってしまいました。それを治すにはウサギの肝が必要だと知り、
竜王はスッポンにウサギの肝を取りに行かせます。
陸地でウサギを見つけたスッポンは、竜宮での素晴らしい暮らしを話して聞かせ、
一緒に行こうと誘います。
ウサギは話に乗ってスッポンと竜宮に向かいますが、途中でスッポンがうっかり、
実は竜王がお前の肝を食べるのだと明かしてしまいます。
そこでウサギは知恵を働かせて、
肝は身体から出して洗って干してあるから陸地まで取り戻らなくては、
と言うのですね。
そしてスッポンと一緒に戻ったウサギはスッポンの背から降りてさっさと逃げて行きます。
スッポンは騙されたことに気づきますが後の祭り…。

そのお話が日本の昔話では、病気になったのは竜王の娘。
そしてスッポンの代わりにクラゲ、ウサギではなくサルです。
クラゲはサルの肝を持って帰るのに失敗して、その罰として骨を抜かれてしまい、
今の姿になってしまうのですよね。


韓国のウサギ伝も日本のクラゲも、インドの本生譚(ほんしょうたん)に由来します。
本生譚(Jātaka ジャータカ)は、仏教の経典の中にある前世の因縁物語のことで、
547もの物語が収められているそうです。
法隆寺の玉虫厨子には、飢えたトラの前に身を投げる前世のお釈迦さまの絵が描かれていますが、
それも本生譚の一つです。

元になった本生譚の「龍猿説話」では、
竜王のお妃さまが身ごもって、猿の肝が食べたいと言います。
そこで竜王が直々に陸地まで行き、猿を連れて来ようとします。
猿の言葉を鵜呑みにしたせいで肝を手に入れられなかった部分は同じです。

本生譚では前世と現世の物語がセットになっているのですが、
前世の部分の印象が強いのか、前世の部分だけ切り離されて伝わっているようです。
ウサギ伝は前世の部分ということです。


この物語が半島で初めて登場するのが、「三国史記」の善徳11年(642年)の項です。
新羅の金春秋(後の武烈王)は百済との戦いの中で娘と娘婿を失います。
そこで百済への反撃のために高句麗に援軍を頼みに行くのですが、
高句麗の宝蔵王から援軍の条件として領土割譲を迫られ、
それを拒否した金春秋は捕らえられてしまいます。
そこに高句麗の先道解という大臣が密かにやってきます。
かねてから新羅と通じていた先道解は金春秋に「鼈兎之説(ウサギ伝)」の話をします。
そこからヒントを得た金春秋は上手く窮地を脱することができたのでした。
「鼈兎之説」では竜王の娘が病気になります。

日本の「クラゲのお使い」は、物語としては単純で、
クラゲが知恵を働かせて猿を連れ出したけれど、猿の方が一枚上手だった、
という騙し合いのお話ですよね。
日本の昔話もいくつかバリエーションがありますが、
韓国の「ウサギ伝」はもっと複雑で長い物語に進化したようです。

まず、タイトルがたくさんあります。
「별주부전 鼈主簿伝」「토생원전 兎生員伝」「수궁전 水宮伝」
「토의 간 兎の肝」「중산만월전 중산満月伝」「별토전 鼈兎伝」
「수궁용왕전 水宮竜王伝」「토별산수록 兎鼈山水録」「토끼타령 ウサギ打鈴」…。
こんなにたくさん^^
パンソリでは「수궁가 水宮歌」という題です。
YouTubeに動画がたくさんあります。こちらなど。
タイトルもそうですが、異本となると120以上もあり、版によって内容も結末も異なるということです。
山の神様が山に自生している朝鮮人参で病気を治してくれたり、
更に、ウサギがワシに襲われたり網にかかったりしては危機を脱する話など、
庶民の楽しみのためにいろいろなエピソードが加えられていったようです。
儒教的な色合いも濃いです。

騙し騙されの面白さと同時に、時代の空気も感じられます。
口伝だった物語が文字で記録され始めたのは朝鮮王朝後期なのですが、
その頃は中世の解体期、それまでの封建体制に新しい思想が入って来て揺らいでいた時代でした。
そんな時代に小説化されたウサギ伝では、
スッポンは儒教社会の伝統規範である「忠」を正当化する存在。
それに対してウサギは、封建体制を否定し、もっと自由な生き方を夢見る革新的存在。
どの立場を肯定的に見るかで物語の解釈が変わってしまいますね。
こんな風に捉えると楽しい物語が難しくなってしまうのですが、
当時の文人なども物語を真面目に批評しているのです。

この他にも、忠誠心に厚いスッポンと尻込みした他の臣下たちとの対比や
出世のために頑張るスッポンの事情など、風刺的で興味深いです。


調べていて、「朝鮮小説史(金台俊著)」という本に出会いました。
1939年に書かれたものを、安宇植さんが1975年に翻訳されています。
まだ第3章「童話、伝説の小説化」しか読んでいないのですが、面白いです^^

日本の「くらげのお使い」(猿の生胆、くらげの骨なし)は、
今昔物語集の巻第五、天竺部に載っている「龜、為猿被謀語」が元です。
今昔物語ではクラゲではなく亀の夫婦が登場して、
身ごもった妻さんのために亀が猿の肝を探しに行きます。
いつごろ猿からクラゲに変わったんでしょうね~。


干支 간지。

十干十二支 간십이지 の読み方です。


十干 십간 の読み方。

甲 갑 こう  きのえ  
乙 을 おつ  きのと
丙 병 へい  ひのえ
丁 정 てい  ひのと
戊 무 ぼ   つちのえ
己 기 き   つちのと
庚 경 こう  かのえ
辛 신 しん  かのと
壬 임 じん  みずのえ
癸 계 き   みずのと



十二支 십이지 の読み方。

子 자 し   
丑 축 ちゅう 
寅 인 いん  
卯 묘 ぼう  
辰 진 しん  
巳 이 し  
午 오 ご   
未 미 び   
申 신 しん  
酉 유 ゆう
戌 술 じゅつ
亥 해 がい

子年  쥐띠
丑年  소띠
寅年  호랑이띠 / 범띠
卯年  토끼띠
辰年  용띠
巳年  뱀띠
午年  말띠
未年  양띠
申年  원숭이띠
酉年  닭띠
戌年  개띠
亥年  돼지띠


日本では年を言う時に「今年は未年」と言うように十干を使いませんが、
「壬申の乱」「庚申塚」などの言葉にあったり、訓読みでカレンダーに書かれていることもありますね。

韓国では「何年生まれ」という時は動物を使いますが、
カレンダーでの年を言う時には干と支を使います。
今年は乙未 을미(きのとひつじ)なので、
을미년 새해가 밝았습니다. 乙未年の新年が明けました。
と言うわけですね。
あ、旧暦のお正月はこれからでした^^;



レベルアップ講座に出てきたので書き出してみました。
漢字ひとつひとつは読めても、ウィスさんのような早口言葉は無理です^^;

十干十二支は商(殷)の時代に既に存在していて、それが朝鮮半島を経由して
日本に入って来ました。
554年に初めて、『元嘉暦』という中国製の暦が百済からもたらされましたが、
干支が日本に入って来たのはそれ以前だと匂わせるものが古墳から出土しているそうです。
長い付き合いなんですね~^^


黄金の豚の年 황금돼지해。

レベルアップ講座で出てきた話題ですが、
2007年、韓国では600年に一度やってくる「黄金の豚年」として
ベビーブームも起きたそうですね^^

まず、干支は天干(十干)と地支(十二支)の組み合わせから出来ていて
60通りの組み合わせがあるのはご存知のとおり。
生まれてから60年後、生まれた時の干支が戻ってくるのが還暦ですね^^
その干支のうち、丁亥の年に生まれた人は頭が良く、長寿の人が多いという俗信が
古くからあるのだそうです。

周易では「丁」は「火」を意味し、色では「赤」を表します。
一方「亥」は「水」を表し、丁亥は火と水から成っていることになるのですが、
これには「周囲が暗い時に力を発揮する」という意味があるそうです。
また赤は、吉兆の色として古来から好まれてきました。
韓国では丁亥年を「赤い豚年 붉은돼지해」と呼びます。



「黄金の豚」が生まれた背景について調べてみました。


14世紀後半、高麗は弱体化し周辺の異民族に脅かされるなど、混乱していました。
この頃から「素晴らしい王が現れ、民草を救ってくださる」という民間信仰がありました。

そこに李成桂が現れ、女真族や紅巾賊、倭寇などを退けて1392年に朝鮮王朝を建てます。
2007年から600年前の丁亥・1407年は、朝鮮建国から15年目。
李成桂の五男が第3代国王・太宗として手腕をふるっていました。
太宗は李氏朝鮮の全盛期を築き上げた国王として高く評価されています。
そして太宗の第3皇子が第4代国王、訓民正音を制定した世宗です。
この頃はとても安定していて暮らしやすい時代だったのですね。
そして次第に1407年・丁亥が人々の記憶に印象深く刻まれ、
元々「赤い豚」だったものが「黄金の豚」に格上げされるようになりました。

その後、王朝中葉になると、貴族の派閥闘争や重税、倭寇の出没などで
民衆の暮らしが苦しくなっていきます。
そんな中で民衆が心の拠り所にしたのが、「鄭鑑録」や「道詵秘記」などの書物にある思想です。
鄭鑑録は、李氏王朝が建国から500年で倒れ、その後鄭氏の王朝が立ち800年続く、
という内容の預言書です。
道詵秘記は、新羅時代に道詵という僧侶が記したと伝えられる風水の書。

その不安な時代の中で、鄭鑑録、道詵秘記、そして民間信仰が合わさり
「丁亥は理想の楽園が成就する年だ」
「丁亥に生まれた子供は恵まれ、長寿だ」と信じられるようになり、
次の丁亥年を心待ちにするようになりました。



2007年の丁亥がことさら話題になったのは1407年の丁亥と共通点があるからです。
それが、「쌍춘년 雙春年」というもの。
双春年というのは、旧暦の1年間の中に立春が2回入る年のことを言います。
旧暦では、閏月が入る年はその分1年が長くなることになりますね。
年が改まってから立春を迎え、1年後の立春を迎えた後に次の年が来るわけです。
伝統的に、双春年に結婚すると縁起が良いと考えられています。
調べてみたら、1407年も2007年と同様に、前年がこの「双春年」なのです。
それで、600年に一度の幸運と考えられたのですね^^

2007年に生まれた子供は幸運に恵まれ、
また2006年に結婚して翌年に子供が生まれたなら、二重の福に恵まれます。
それで大きな社会現象になりました。


数ある説の一つかもしれませんが、とても興味深かったです。
以前から気になっている鄭鑑録がここでもまた出てきました。
結局は俗信であって周易からみた根拠は薄いようですが、
世の中が明るくなるような俗信は歓迎ですね^^


こちらの記事などを読みましたよ~^^ 


単価記号「@」の呼び名。

今日のラジオ講座では
アルファベットの読み方やメールに使われる記号の名前などを勉強しました。
韓国語で「@」は "골뱅이 巻貝" と言うのですよね。(앳마크 とも言う
うんうん、巻貝に見えます^^

ここでふと、
他の言語では何と言うのか気になってwikipedia を見てみました。 
そしたらまあまあ、楽しいこと~♪

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猿の尾、アヒル、ネズミ、ゾウの鼻・・・みんな「なるほど~」と思います^^
ロシア語の「犬」は少し意外でした。
中国語の「圈a 、花a 」は何となく分かりますが、「愛他」はどこから来たのでしょう?

ハンガリーの「蠕虫」は・・・ちょっと呼び名に使うのは抵抗があります^^;
勇気のある方はウィキのページでクリックしてみてください。

お菓子の名前もありますね。
でも、ヘブライ語のシュトゥルーデル?
シュトゥルーデルはドイツ語ではないのでしょうか?
と思って見てみたら、
1920年代から1930年代の中央ヨーロッパからの多数の移民により、
シュトゥルーデルはイスラエル料理の一部となり、ヘブライ語にとりいれられた
のだそうです。

一番のお気に入りは
フィンランド語の miukumauku です♪

各国の俗称を見ていると、日本語の「アットマーク」というのが味気なく感じられます。(笑
「なると」というのは初めて知りましたが、
とても日本らしくて普及したら楽しそうだな~と思いました^^

「要出典」となっているので、もしかしたら正確でない部分もあるのかもしれませんが、
こうやっていろいろな国の人の想像力を覗かせてもらうのは楽しいです^^


私も希望のリンクを貼ります。

いつもお世話になっているシフォンさんのブログで
『Free Hugs for Korea-Japan Peace (日本人が韓国でフリーハグをしてみた)』
を見てきました。
以前にも見たことがありますが、
私も何度見ても涙が出てしまいます。
それで、私も動画をお借りしてくることにしました^^




見ながら思い出したのが、
昨年亡くなられたネルソン・マンデラ元大統領の言葉です。

No one is born hating another person because of the color of his skin, or his background, or his religion. People must learn to hate, and if they can learn to hate, they can be taught to love, for love comes more naturally to the human heart than its opposite.

生まれながらにして肌の色や育ち、宗教を理由に他人を憎む者はいない。
人は憎むことを学ぶのだ。
もし憎むことを学ぶことができるなら、愛することを教わることもできるはずだ。
なぜなら愛は憎しみに比べて、より自然に人の心に届くからだ。


外国語の勉強も世界じゅうが平和に暮らすための小さな一歩だと思っています^^
私も愛のほうが強いと信じまーす^^


TOPIKの内容が変わる、みたい?

今年は受けなかったTOPIK、韓国語能力試験。
来年は受けられるかな~
なんて、のんきに日程などを調べていたら、
なんと、試験の内容が変わるらしい、という記事がいくつか出てきました。
「らしい」…。
来年度から変わるとしている記事もあれば、
来年度後半からとしている記事もあり。
未定だとする記事もあれば
決定したように書いているところもあり。
ハッキリしません^^;

と、ここでハッと気づきました。
TOPIK資料室に行ったらわかるはず。
行ってみたら、掲示板にちゃんとお知らせがありました^^
以下の改編案について9月5日に公聴会が開かれたそうです。
私気づくの遅いですね~^^;
次年度の試験日程がいつ頃発表されるのかも
今になって初めて知りました。(笑


●韓国内での年4回実施を年6回実施に増やす.

●試験級は「初級(1・2級)」「中級(3・4級)」「高級(5・6級)」の3つから
「初級(1・2級)」「中高級(3~6級)」の2つに簡素化.

●「語彙・文法」領域は他の3領域に含める形で廃止し,さらに初級では「書き取り」領域も廃止.
つまり,「初級」は「読解」「聞き取り」の2領域,
「中高級」は「読解」「聞き取り」「書き取り」の3領域に簡素化.

●「中高級」の「書き取り」領域は選択式解答の問題をなくし,全て記述式にする.

公聴会の結果がどうなったのかは書かれていなかったので、
発表はまだなんでしょうかね^^;
記述式だなんてハードル高くて目まいがします@@;
でも記述式で点が取れたほうが自信になるような気がします。

どちらにしろ、ひたすら過去問を頑張りま~す。(これから^^;

余談ですが、
試験内容について「筆記(主観式)」と書いている記事があって、
主観式って何のことだろう??
と思ったのですが、
主観式問題というのが自分で考えて答える問題で、
客観式問題というのが選択肢の中から選んで答える問題
ということだそうです。
こんな日本語があったんですね^^;